ビジョントレーニングは「正しく見るためのトレーニング」。
「トレーニング」といっても筋力トレーニングのように‘ちから’を増大させるという意味ではありません。また‘近視を治す’という「視力回復トレーニング」とも違います。さらに眼科医の元でおこなわれる斜視や弱視の方のための「視能訓練」とも、その手法や根本的な考え方において異なります。


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これはアメリカの副大統領だったジョンソン氏(後に合衆国36代目大統領となる)の次女、ルシー・ジョンソンさんが高校生のときのお話です。今から37 年ほど前、当時ジョンFケネディ氏が大統領の時のことです。アメリカの副大統領のお嬢さんといえばエリート中のエリートのはず。しかしルシーさんは知能指数は低くなく学習態度も問題なかったにも関わらず、どんなに頑張っても成績が思わしくなかったのです。しかしビジョントレーニングを受けた結果、どんどん変わっていったのです。
大リーグではすでに1970年代からカンザスシティー・ロイヤルズが、オプトメトリストのDr. William Harrisonによる視機能の検診やビジョントレーニングを取り入れていました。その結果、多くの選手の打率の向上に貢献したという報告があります。この中には、走者を得点圏に置いた打席での打率が驚異的な4割6分6厘を記録した、ジョージ・ブレット選手もいました。彼は次のようにコメントしています。
1984年のロサンゼルス五輪で金メダルを獲得したアメリカの男子バレーボールチームは、 オプトメトリストのDr. Robert Sanetからビジョントレーニングを受け見事栄冠に輝きました。このチームでは、なんと中心メンバーのうちの半分になんらかのビジョンの問題が見つかったのです。これらの選手は全員1.2の視力があったのですが、目標物までの距離を読みとる力や、からだを動かしているときやバランスをとろうとしているときに、両目をスムーズに動かすことができないなど、バレーボールでは生命線ともいえる目の働きに問題があったのです。トレーニングを受けた選手はこんなことを言っています。
メジャーリーグ、シアトル・マリナーズの指名打者エドガー・マルチネス選手は2004年に引退するまでにメジャーに17年間在籍し、年間打率3割以上打った年が10回、100打点以上達成は6回というメジャー屈指のスラッガーでした。しかし、実は大きな目の問題を抱えていたのです。マルチネス選手には両目のチームワークの問題があり、普通の人よりかなり努力しないとふたつの目の視線が一点に集まらない状態(間欠性外斜視)だったのです。その結果、(右)打席では右目が外側へシフトしてしまい、ピッチャーの投げるボールを片目で打つことになり、特に左投げのピッチャーのボールに苦労したといいます。ボールがピッチャーの手を離れた瞬間、見失ったりしたのです。
1997年のシーズンを不調のまま終わった、当時大リーグ、サンディエゴ・パドレスのグレッグ・ボーン選手が、翌年Dr. Carl Hillier(オプトメトリスト)にビジョントレーニングを受けた結果、往年の打棒を取り戻したといいます。ボーン選手は、テレビニュースのインタビューで次のようにコメントしています。